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大野城心のふるさと館 Onojo Cocoro-no-furusato-kan City Museum

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新年のご挨拶

更新日:2019年01月08日

大野城心のふるさと館 館長

館長

赤司 善彦(あかし よしひこ)

館長からのメッセージ

新年あけましておめでとうございます。

当館は開館後初めてのお正月を迎えることができました。昨年は、多くの皆さまに来館いただき、誠にありがとうございます。

さて、現在とちがって旧暦の正月は、ひと月遅い1月終わりから2月前半頃にあたっていました(今年の旧正月は2月5日です)。その頃には白梅の花が咲き、一輪ずつ咲くたびに春は本格化してゆきます。その芳香漂う花びらに頬を寄せて、古来より人々は梅を愛でながら新年を迎えてきたのです。正月は文字通り新春を迎える時候だったといえます。 

この梅は日本古来の植物と思われがちですが、実は奈良時代になって唐から持ち込まれたものなのです。いわゆる帰化植物です。日本は唐の制度や文化に倣いながら先進的な知識や学術、あるいは世界的な文物を積極的に輸入することで新しい国家を築こうとしました。そういう意味では薫り高い唐文化への傾倒を梅が象徴しているのかもしれません。

当時の人々の感性を今に伝える『万葉集』にも中国文芸の強い影響を認めることができます。人気の点では双璧をなす桜は日本の古来種です。万葉集では桜が約40首、これに対して梅は約140首も詠まれているのです。しかし、興味深いのは、この後に編まれた平安時代初期の『古今和歌集』では桜が約100首で、梅はわずか20首と、逆転しています。平安時代に鎖国のような政策がとられ、国風文化が華やぐのに合わせて花の好みも変化したようですね。 

もちろん観梅の習慣はそのまま廃れたわけではありません。中世にも梅は愛でられたのですが、その方法は少し異なっています。宋の詩人として著名な林和靖(りんわせい)は山林に住んで梅を妻にしたといわれるほど梅を愛した隠遁者ですが、「疎影横斜水清浅 暗香浮動月黄昏」(清らかな水辺に、まばらな梅花の枝の影が斜めに横たえて映り、月がのぼる黄昏に、かすかな梅の香が漂う)という梅の描写を呼んだ有名な詩があります。そのため「暗香疎影」(あんこうそえい)といえば梅の花を指す言葉になっているのです。日本でも中世になると夜の暗闇の中で梅を楽しんだようで、新しい梅の観賞方法が芽生えています。このように中国文化と日本人の関わり方が変化していく有様を、梅が写し出していると言えるかもしれませんね。 

皆さんはどのように梅を鑑賞なさっていますか。市内にもたくさん梅の名所があるのではないでしょうか。現在、3月の企画展で展示する「わたしのふるさと写真」や「故郷への思いを綴ったメッセージ」を募集しています。梅花にまつわる写真やメッセージをぜひお寄せください。 

また、今年の旧正月の頃には、当館では「むかしのくらし展」を実施しています。炭火カイロ・火鉢・湯たんぽなどの暖房具も紹介します。今よりもっと冬は寒かったと思う方もいらっしゃるかもしれませんね。昔を思い出して、凍えた手にはーっと息を吹きかけながら鑑賞なさってはいかがでしょうか。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。